遺された道具

 日本独特の木造建築を造って来た工匠の背後に、優れた道具鍛冶の存在があったことは、あまり知られていません。特に、明治になって廃刀令が公布されたため、道具鍛冶に転向する刀匠が相次ぎ、大工道具の質が一段と向上したようです。
 しかし、民族遺産とも言えるこれらの道具は、消耗、破損、電動化などにより、次々と姿を消して行きました。
 私が大工道具の名品を撮り始めたのは1966年のことですが、しばらく中断した後、1979年からは、本腰を入れて撮影を続けています。
 勿論、私には道具の切れ味を試すことは出来ませんが、名品は品格があって美しく、その中でも、刀匠を父に持つ千代鶴是秀の作品は、造形的にも群を抜いています。また、鉄に彫られた達筆な切銘はとても美しいものです。
 一般に大工道具の写真では、背景に鉋屑や板などを置くことが多いのですが、私は、道具そのものの形や質感をとらえ、その美しさを表現したいと考えました。そして、刃物を一番表現できる背景は、基本的には黒だと思っています。
 なお、道具の撮影は、東京世田谷区三軒茶屋の土田刃物店、土田一郎、昇両氏の協力を得て進められています。