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鷺沼教会月刊誌 Communio (コムニオ 一致)
鷺沼教会では『Communio (コムニオ 一致)』という名の教会報を毎月発行しています。
ここでは、その『Communio』より司祭巻頭言を転載いたします。

2019年4月号
重荷を担いながら
主任司祭 松尾 貢
 

マナセの祈り 〈になう〉という題を与えられて、すぐに連想したのが、徳川家康の遺訓、“人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし”でした。家康の一生は、今川家に人質として預けられた長く哀しい幼少期、夫婦間や息子たちとの困難な関係、秀吉からの駿府から関東への配置換えの命令、江戸幕府の開闢と、本当に苦労の多い、重荷の人生だったことがこの遺訓によく表れています。そういう中で、“急ぐべからず、不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え”と遺訓は続きます。そこには、辛抱強く、思慮深い家康の姿勢がよく表れています。

 家康の遺訓は人生訓としてはとても優れたものですが、私たちキリスト者の場合はそういう処世術を超えた、絶対者であり愛の神である方とのパーソナルな関係という異次元のお恵みを受けています。
 その典型的な一例をご紹介しましょう。
 折にふれて、ゆるしの秘跡を受ける方の中に一人のシスターがおられます。そのシスターは告白後の悔い改めの祈りのときに、「痛悔の祈りとして、“マナセの祈り”を唱えていいでしょうか」と断って、聖書協会共同訳聖書の続編の最後に載っているマナセの祈りをなさいます。
 “マナセの祈り”は神の無限の憐れみを信じて、罪を深く悔む個人的な祈りで、ユダヤ教やキリスト教の教派を超えて流布し、高く評価されている祈りです。全15節の短い祈りですが、11節〜15節をご紹介しましょう。

今、わたしは心の膝をかがめて あなたの慈しみを求めます。
私は罪を犯しました。主よ、私は罪を犯しました。
自分の不法を、私は認めます。
あなたに願い求めます。お赦しください。主よ、お赦しください。
私の不法とともに私を滅ぼさないでください。
いつまでも怒り続けて わたしに災いをとどめ置くことなく、地の奥底で私を罪に定めないでください。主よ、あなたは悔い改める者の神だからです。
あなたは善意を示してくださいます。
ふさわしくない私を、深い憐れみをもって 救ってくださるからです。
わたしは生涯、絶えずあなたをたたえます。
天のすべての軍勢は、あなたを賛美し、
栄光はとこしえにあなたのものだからです。アーメン。
 長崎の潜伏キリシタンは苦しい生活の中、厳しい迫害下、踏絵をふんだあと、踏んだ足を水で洗い、その水を飲みながら「こんちりさん」(真の痛悔)の祈りを唱えていた、と言われています。「こんちりさん」はゆるしの秘跡の重要な一部です。ゆるしの秘跡は、心で痛悔すること(contritio cordis)、口で告白する(confessio oris)、業で償う(satisfactio operis)という3つの行為から成立し、それに対して司祭が罪の赦しの宣言(abusolutio)を与えて、その人の赦しが成立します。200年以上の司祭不在の中、完全な痛悔としてのこんちりさんの祈りが信徒たちを支えていたわけです。

 こんちりさん(真の痛悔)の祈りの心を持って、復活祭前にゆるしの秘跡に臨みたいものです。


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