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鷺沼教会月刊誌 Communio (コムニオ 一致)
鷺沼教会では『Communio (コムニオ 一致)』という名の教会報を毎月発行しています。
ここでは、その『Communio』より司祭巻頭言を転載いたします。

2018年6月号
潤いから喜び、祈りへ
ケベック・カリタス修道女会 Sr.佐々木 すみ子
 

イエスとサマリアの女 久々に「黙想の家」に行かなければとの促しを感じる。新たな仕事の中で、生活のリズムを整えたいとの心の動きだった。黙想の家に入る前に、昨年度お世話になった神父様にご挨拶をと思いつく。「大変お世話になりました。お陰様で落ち着いた平和な日々です。不思議なことです」との僅かな近況報告に、神父様は「ああシスター、それはシスターがたのお祈りですよ」とのひと言。「シスターたちの祈り?!」うっと、返答につまった。「祈りによって……そうだった!」と数ヶ月間続いた信仰の暗夜ともいえる日々を思い返した。解決が見えない中を手探りで“一歩一歩”進んだ祈りの日々を……そして今、心がなだらかに潤されていることを。

 「潤う」というテーマを受けて、ほのぼのと瑞々しい喜びが湧くのはなぜだろうか。
 私たちの多忙な日常生活にほっと小休止をいただく潤いのひと時。それは様ざまなあり様で訪れる。疲れの後で差し出される1杯のお茶、久々に気心知れた旧友に再会し心が響きあう和みのひと時、家族で囲む食卓のまどいの中に、そうだ! 私たちは春風のように、ふっと吹く慰めに心を潤されていた。だが、今、立ち止まって思い巡らすと、私にとって心が潤された時というのは、やはり人生の節目節目の祈りの中で、神様との“新たな出会い”を享けた時だったと思う。信徒の方なら誰でもそんな経験があると思う。私たちがイエスに惹きつけられイエスの「追っかけ」になっているのは、その記憶が今を生かしているから。

 私はカナダでの34日間の霊操の祈りのことを思い出す。この祈りはイエスの生涯と自分の歴史を重ね合わせながら、イエスの誕生から公生活へ、受難から復活、昇天、聖霊降臨へと霊に動かされながら祈り込んでいく中で、自分の固有の使命(召命)に出会うよう導かれるものだ。カナダの厳寒期。私は1メートル以上もある積雪の上を散歩していた。何も考えずにただ沈黙を聴いていた。ふと、歩を止め振り返った時、目の前に広大な白銀の世界が広がっていた。その時ふっと、2匹の魚と5つのパンが5千人に供された聖書箇所が湧き上がった。そして、あの出来事は本当のことだ! 今、この身に起こっているのだと感じた。主はほんの僅かなものを、こんなにも大きな喜びに変えて下さる方なのだと。ふつふつと温かな潤いが体を包み、両手いっぱいに恵みを感じていた。そして神はご自分の望みを確かに果たされる方、「成就する神」なのだと悟った。魂が潤されるというのは、自分の努力で作り出せることではない。“向こうからやってくる”ことだ。そうして、私たちは隠されていた「いのち」に出会い、本当の自分に静かに出会うのだと思う。

 聖書のみ言葉は私たちの内奥にある神のいのちを観させ、気付かせる“誘い水”である。「いのちの水」に出会い、潤され、喜びへと大きく変えられた女性「サマリアの女」はそのモデルのように思える。
 旅の疲れで井戸の傍らに座るイエス。人目を避けて真昼に水汲みに来る女に、イエスは「水を下さい」と頼む。ユダヤの男性がなぜ自分に水を求めるのか、女は訝しがる。しかし、この物語の面白さは初めに水を頼んだのはイエスなのに、結末は女がイエスに水、「いのちの水」を求めるようになることだ。「主よ、渇くことがないように、また、ここに水を汲みに来なくてもいいように、その水を下さい」と変えられていく。なぜか?
 イエスの「あなたの夫をここに呼んで来なさい」との問いに、女は夫がいない惨めな自分を曝け出し、自分の深い渇望に触れたからではないだろうか。女は目の前にいるイエスの何に出会ったのだろうか。彼女は自分の渇望の底にある「真の礼拝(祈り)」へと導かれていく。“今、そこにいる”、神の子イエスの憐れみ深い「いのちの水」、彼女はそれで十分だったのだろう。それが真の祈りなのだから。その時、女にとって生活になくてはならなかったはずの「水がめ」は、そこに置かれたままだ。彼女の魂は潤されるだけではなく、大きな喜びへと変えられ、外へ飛び出していく。

 『福音の喜び』の中で、教皇フランシスコは私たちに「出向いていく」教会共同体であるようにと勧められる。それは「サマリアの女」のように「水がめ」を忘れるほどではないにしても、日々の生活での神様との“新たな出会い”― 祈り ― が求められているということではないだろうか。まず、祈り求めたい。“生活を祈り、生活を祈りに変えられるように”主よ、祈る恵みを下さい、と。
 「主よ、今日の出会い、出来事の中で、小さなこと大きなこと、喜ばしいことつまらないことでも、そこであなたに出会いますように」


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