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鷺沼教会月刊誌 Communio (コムニオ 一致)

2003年2月号


「マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、
思い巡らしていた」(ルカ2・19)

助任司祭 丸岡 秀世

聖母
 2月は、マリア様に関わる出来事として、ルルドのご出現があります。今から145年前の1858年2月11日のことでした。

 その日、少女ベルナデッタと妹トワネット、そして隣の家の少女ジャンヌ・アバディーの3人が、マッサビエルの洞窟の方へ薪拾いに行った時、ベルナデッタにマリア様がご出現になり、黙って微笑んでおられました。ベルナデッタは14歳、きわめて貧しい家の娘で読み書きもできず、ルルド方言しか話せなかったのです。それでベルナデッタは名前も告げられない聖母のことを、ルルド方言で「あれ」と言っていました。『「あれ」の名前を聞きなさい』と主任司祭から言われ、やっと3月25日に「あれ」からフランス語で『私は無原罪のやどりである』と言われて、その意味はまったく分かりませんでしたが、この名前を間違わないようにと、繰り返し、繰り返し唱え続けながら司祭館へ行き、主任司祭ベラマール師に告げました。

 健康が許さないためカルメル会入会を待っていたアントワネット・タルディワァイユという若い女性が書いた手紙には、「マリアが目をとめたのは金持ちの若い女性ではなく、貧しい女の子でした。ルルドの金持ちの若い女性たちは、もしご出現の事実がなかったら、ベルナデッタに軽蔑の目しか向けなかったでしょう」と書き記しています。
 また4年経った後、ルルドの司教はその教書の中で、全能の神は、私たちにその憐れみのご計画を伝えるために……世の中の最も弱いものであり貧しい家に生れた14歳の少女であった」と述べています。この貧しい少女にマリア様は何を願われたのでしょうか。

 2月24日8回目のご出現の時はじめて『償いを』と何回か繰り返されて『罪人の回心のために神様に祈りなさい』と言われて、償いの業、これこそ回心のための有効な手段として示されたのです。ベルナデッタはあとで泥水を飲んだり、ネコノ草の葉を食べたりした奇異な行動は、「あれ」が指示したことで「罪人の回心」のためであったと答えています。(以上は、ドンボスコ社刊「ベルナデッタ」より引用)
 「罪人の回心」と「償い」こそが、マリア様のメッセージであったのでした。「マリアはことごとく心に納めて思い巡らしていた」ことは、ベトレヘムの貧しい馬小屋から十字架と復活へと啓示される救いの神秘を深く観想されていたマリア様は、今最も貧しい少女に、この救いの愛の神秘に背を背ける人々の「回心」と「償い」を願われたのです。
 「貧しさ」こそベトレヘムの救いの始まりと、「償い」が深く結ばれているのではないでしょうか。「心の貧しい人は幸せ」と教えられたイエスの教えを生きることこそ、マリア様のベルナデッタをとおしての私たちへの願いではないかと思います。

 現在、毎年少なくとも8万人の病人がルルドを訪れると言われています。ルルドにおける最もすばらしい奇跡は、病気の治癒はもとより、治癒を受けなかった病人たちが、自分はもう治らなくてもいい、この病苦を苦しんでいる人々のために捧げて生きる、と言って帰っていくということなのです。
 これこそ、マリア様が望まれる「回心」と「償い」ではないでしょうか。私たちも日々マリア様の願いに応えて生きていきたいものです。


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