復活されたイエス様はこの挨拶をもって、恐れ、不安、悲しみや暗闇に陥っていた弟子たちの真ん中に現れました。別れ別れになって散りつつあった弟子たちは、また一つになり、一人一人の心は平和、喜び、光、希望などで満たされました。
今年は特別な希望を持って復活祭を迎えたのではないかと思います。現在世界は何より「平和」を願い求めています。戦争による分裂、恐れ、苦しみ、悲しみ、不安……マスコミから届く情報は復活を信じている私たちに何を訴え、何を考えさせ、どのような行動を起こさせているのでしょうか。本当に世界が平和になるように祈りや犠牲などを捧げているのでしょうか。また、日常生活の中で分裂や争いではなく、一致、平和を築く存在になっているのでしょうか。
復活の信仰は私たちの希望を新たに目覚めさせ、新しい状況を生み出してくれます。 復活の信仰は私たちを照らし、新しい目で救い主であるイエス様の働きに気付かせ、その実現に協力できるよう力を注いでくれます。 復活の信仰はイエス様が歩まれた無償の愛の道が長く感じたり、すぐには効果が得られないような状況に見えても、いつか素晴らしい実を結ぶことを保証してくれます。 復活の信仰は私たちの苦しみや死、あるいは自分を後回しにするという生き方が、表面的には無意味に感じたり無駄のように思われたりしますが、実際はそうではないということを思い出させてくれます。
復活の神秘は数時間、一日や一週間で祝うことはできません。典礼の上では五十日間、聖霊降臨の祝日まで特別に祝い、またその後は日曜ごとに「主の日」をお祝いします。同じように私たちも一年中にわたって復活の神秘を深め、生かしていかなければなりません。
復活されたイエス様の力に心を素直に開きましょう。平和をもたらす主は、日曜日のミサ、祈り、み言葉、黙想など、また、隣人に対する奉仕、日常生活などの中にいつでもおられ、出会うことができます。マリアのようにすべての出来事を心に納めて思い巡らすことができるなら復活されたイエス様の現存にもっと気付くことができ、救いの働きを頂けるようになれるのではないかと思います。
鷺沼教会においていくつかのグループは新しい体制や新しい担当者のもとで再スタートしました。今年の復活祭から、日曜学校とジュニア会は新しい希望のうちに活動を始めます。 どの活動に参加しても、どの責任が任されても忘れていけないのは私たちを招いて下さり一つの共同体として一致させるのは真ん中にいらっしゃる復活されたイエス様であることです。また一人一人が、光、命、平和をもたらす人間になることによって、真の弟子として神の国の実現のために協力することになります。
教会内だけではなく、この範囲を超えた所、家庭や職場など、それぞれが訪れる場所に、勇気と愛をもって復活されたイエス様の平和を運ぶように致しましょう。
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