昨年はマリアに倣い、「全てを心に納めて思い巡らしていた」(ルカ2・19)という言葉に照らされて一年間歩みました。日常生活の出来事を通して、神様が私たちに与えようとされる意味を、理解しようと努力することによって、少しでも聖霊の働きに応えられたのではないかと思います。
今年の元旦0時のミサの時から、標題の新しいモットーが聖堂の前に掲げられています。
ドメニコ・サヴィオは、聖ヨハネ・ボスコの霊的指導によって、15歳で聖人になられたイタリア生まれの青年です。今年は、キリスト者の道が聖性の道であることを改めて意識し、第二バチカン公会議(教会憲章40)の「全ての人が聖性に招かれている」という呼びかけに、教会共同体また個人として真剣に応える年にしていきたいと思っています。
今年は、鷺沼教会が保護の聖人にいただくドメニコ・サヴィオの列聖50周年にあたります。このお祝いとして一番ふさわしいのは、外的なこと(パーティや記念誌発刊等)より、霊的な計画や内面的なものに力を入れることではないかと考えています。それは、それぞれに与えられた聖性の道を一生懸命に生きることであり、そのための助けとして、新しいモットー「聖ドメニコ・サヴィオ列聖50周年にあたるこの一年、共に食卓を囲む私たちがその喜びを広く分かち合うことができますように」が、私たちに示されています。
- ドメニコとは主の日、日曜日という意味です。
- 列聖:長年の調査と奇跡の証明の結果、教会は公にドメニコ・サヴィオの生涯が模範的であり、他のキリスト者にとっても有効な道であること宣言しました。
- 共に食卓を囲む:「食卓」とは、日常生活の食卓、ミサの食卓、仕事、勉強、奉仕などを表します。それを「囲むこと」は交わることであり、それには、連帯、お互いの尊重、それぞれが神様からいただいているタレントを提供しあうこと、相手をありのままに受け入れることが含まれています。帰属意識、信頼関係、自分がありのままでいられる気持ちがなければ、共に同じ食卓を囲むことはできません。共に食卓を囲む時、信頼関係を崩し不要な緊張感を生み出す言動は障害となり、温かく明るい雰囲気を暗く冷えたものへ変化させます。それを取り除くためには私たちの努力が必要ですが、それだけでは充分ではありません。主イエス・キリストが食卓の真ん中にいることによって、一人一人の中に聖霊が働き、本当の兄弟姉妹として同じ信仰・希望・愛に結ばれて食卓を囲むことができるのです。
- 「喜び」は単なる楽しみではありません。本当の喜びは、心の奥底、人との交わりから生まれます。同じ食卓を囲む喜び、仕事・計画・夢の実現の喜びを味わった経験が皆さんにもあるのではないかと思います。聖書によると、エマオの弟子たちは、長い間一緒に旅していた人と心が一つに交わったことに気づいた時、自分の中に喜びを抑えきれず、すぐ仲間たちに分かち合いにエルサレムへ行きました。ドメニコ・サヴィオは毎日の生活を喜んで果たすように務めました。具体的には、神様が望んでおられること、主に勉強、そして隣人特に困っている友達を助けることを、喜びのうちに行いました。喜びは、小さくても私たちの人生を豊かにし、交わりの輪を広げていきます。
- 広く分かち合う:「食卓を囲む」ことは、閉ざされた輪、他の人が入れないグループを作ることではありません。主が食卓の真ん中にいれば、そこに近寄ってくる人にいつも開かれています。この一年を通して少しでも輪を広げるように努力しましょう。そのために、待つのではなく、自ら隣人に出向くようにしましょう。「分かち合った喜びは十倍になります」という言葉があります。いただいた喜びを自分や自分の仲間だけではなく、もっと広く分かち合うようにしましょう。
各グループで、また個人的にも霊的な計画を立てて、この一年、聖ドメニコ・サヴィオの取次ぎによって、聖性の道を歩む素晴らしい年にしましょう。
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