鷺沼教会は横浜教区に属し、サレジオ会に司牧を任された小教区です。
横浜教区は今、状況の変化によって生じる要望や要求などに応えるために新たに動いています。司祭や聖職者のレベルだけではなく、一般信徒を含めて共に歩き始めています。その基本となるのが、2004年1月11日に、私たちの教区長ラファエル梅村昌弘司教様が発表された「横浜教区における改革の基本方針」です。私たちも教区民としてこの司牧書簡を読み、深め、分かち合い、実践していかなければなりません。
サレジオ会日本管区は、ちょうど「管区会議」を終えたところです。先月の20日から25日まで、山梨県の山中湖に37名の会員が集まりました。管区ではこの会議に向け、特に去年から様々なかたちで準備してきました。数回のアンケート実施、院長や事業責任者たちの会議、そして最後に今年5月、関東と九州で管区集会が行われました。この集会の目的は、多くの会員たちが自分たちの思っていること、感じていることなどを話し合うことでした。私も参加してよかったと思います。今回の管区会議の課題は「再編成」でした。現在日本のサレジオ会がドン・ボスコのカリスマに応えているか否か、ドン・ボスコのスピリッツがどの方向に向いているのか、具体的に一つ一つの支部や事業を見直して、今後どうすべきかを討議するものでした。そして、問題討議を通して、今後の活動への3つのヒントが見えてきました。
- オラトリオの復興計画、専任会員と協働者による幅のある活動
ユースセンター的働きをもつ青少年センターなど
- 広報部門の充実と活性化
青少年についての広報、インターネットなどを利用した青少年司牧
- 滞日外国人への司牧
私たち鷺沼教会は、この二つの動きの中で、自分たちの共同体のあり方を見直し、反省し、これからどのような教会共同体を目指して歩んでいけばよいのかを、お互いに力を合わせて探していかなければなりません。3月の信徒総会では、お互いにもっと話し合える場が必要とされました。教会委員会としてこの提案を検討し、今月25日に行うことを決めました。教会共同体は皆のものです。それぞれが置かれた状況の中で、力を合わせて教会共同体を築いていかなければなりません。大勢の皆さんが参加するのを願っています。
先月の「ひととき」の集まりで本を読みました。担当者の選んだものはとてもよかったので、そのうちの一つ、「二本足」(大きな時計、船越保武氏)というエッセイの一部をご紹介します。
『なぜ人間は二本足で立っているのか。四本足のほうが楽しいではないか。彫刻を作っても、二本足だけでは、ひっくりかえってしまう。倒れないように、さまざまな工夫をしなければならない。足の下に地山と称するベースなどつけて、たたせている。四本足なら、そのまま床に置いても倒れることはない。人間が二本足で立って居られるのは、足の指や踵やらに力を入れているからで、絶えず、ぶんばって、バランスをとらなければならない。』
この朗読を聞いていた時、中風の人に「起き上がり、床を担いで家に帰りなさい」(ルカ5・24)と呼びかけるイエス様の姿が浮かんできました。立っているのが健康な人の姿勢です。中風の人はイエス様から出た力を受けて立ち上がり、自らを縛っていた床を担いで、町外れではなく家に帰ることができました。彼は尊厳を取り戻し、社会・日常生活に戻ることができたのです。
もし教会共同体に内面的ないのち・力(キリストのいのち)が充分でなかったら、それを補うためにしっかりしたコンクリートのような土台(組織・規則)ばかりが必要以上に強調されます。しかし、教会共同体の一人一人がキリストの力(いのち・愛)に満たされていれば、土台に支えられ、バランスのとれた立った姿勢で、豊かないのちを与える泉になることができます。
ちなみに、初代教会は4つの柱(足)に支えられた、生き生きとした共同体でした。彼らは、(1)
使徒たちの教えを聞く、(2) パンを裂く(ミサ)、(3) 祈り、(4) 相互の交わり(助けあう)の4つに熱心でした。(使徒言行録2・42)
信徒集会は、キリストのいのちについて共に考え、どのようにしたら、今日も明日も、そのいのちを教会共同体に訪れるすべての人に与えることができるかを話し合うよい機会ではないかと思います。鷺沼教会共同体の一員として、一人でも多く、この集会に参加しましょう。
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