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鷺沼教会月刊誌 Communio (コムニオ 一致)

2006年5月号
5月・おかぁさんの月
マリア様・私たちのおかぁさん
主任司祭 田中 次生
 
 4月から小坂神父様の後を継いだ田中次生神父です。1968年叙階され、1970年からは2年間を除いてほとんど学校の教壇に立ってきました。ご復活のミサ後自己紹介の時にも言いましたが、中1から22歳の学生まで教えてきて、1番付き合ったのは「高校1年生」でした。私も生徒・学生も結構楽しくお付合いできたのは、私の精神年齢が彼らに限りなく近かったからなのでしょう。肩の力を抜いてどうか宜しくお付合い下さい。

 さて、五月は「おかぁさんの月」です。おかぁさんが私たちにとってどれだけ大切かはサレジオ学院幼稚園の子供たちを見ていると分かります。今年入園したスミレ組の子供たちがおかぁさんとほんの少しの間離れるのがどれだけ大変なことなのか、この4月初めて経験しました。ある子は、涙ぐみながら後ろ髪を引かれる思いで幼稚園の門をくぐります。ある子は、門の前で10秒間おかぁさんにしっかりと抱きしめて貰い、おかぁさんの暖かさを体の中に蓄えそれに力を得て、いざ出陣といった面持ちでやってきます。私の目から見れば幼稚園には、「若いし、可愛いし、優しい先生がた」ばかりなのに、なんで子供たちには大変なのだろうかと思えてしまいます。先生がたのお話では、年少組が幼稚園に慣れるのに2週間はかかるということです。しかし、5月の連休でもとに戻ってしまう子供もいてまた大変だということです。私にも忘れられない経験があります。父が戦争に行って、母と3人兄弟(姉・兄・末っ子の私)の生活でした。朝鮮での寒い冬のある日、何かのことで母がすごく怒り「勝手にしなさい!! おかぁさんはもう知らないから!!」と言って家を出て行ったのです。チビの私は、はだしで飛び出し門の後ろに隠れていた母に泣きながらしっかりと抱きつきました。母に抱かれて家に帰りながらしゃっくりがとまらなかったことを憶えています。

 子供時代だけでなく私たちの人生に「母」の存在がなかったら、私たちの人生はなんと味気ないものになっていることでしょうか? 人間になられたイエス様にも、当然のことマリア様がおかぁさんとして与えられました。そしてマリア様は御子の33年間のすべてをおかぁさんとして付き合われたのです。子供の最初の学校は、おかぁさんの膝の上だと昔から言われています。幼子イエス様も、マリアの膝の上で人間としての基本を学ばれたのです。大きくなられたイエス様の持っているすべてのことは、ある意味でマリア様から学んだとも言えるのです。
  1. イエス様は自然が好きです。「空の鳥を見なさい。野のユリがどのように育つのかを見なさい。」(マタイ5章)
  2. イエス様は子供が好きです。「幼子を私のもとにつれてくるままにしておきなさい。止めてはいけない、神の国はこのような人たちのものだからである。」(ルカ18章)
  3. イエス様は、苦しんでいる人々にいつも心を向けました。「重荷を負って苦労している者は皆、私のもとに来なさい。休ませてあげよう
    私は心が柔和であり、謙遜であるから私のくびきを受け入れ、私の弟子になりなさい。そうすれば魂は安らぎを見出すであろう。」(マタイ11章)
  4. イエス様は弟子たちを愛されました。「過ぎ越しの祭りの前のことであった。イエスはこの世から父のもとへ移る自分の時が来たのを悟って、この世にいる弟子たちを愛し、限りない愛をお示しになった。」(ヨハネ13章)
 そんなイエス様は十字架上で死の間際に、こう言われました。「イエスは、母とその側に立っている愛する弟子とを見て、母に『この人はあなたの子です』と仰せになった。それから弟子には『この婦人は、あなたの母です』と仰せになった。そのときからこの弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。」(ヨハネ19章)
 イエス様の弟子たちに対する限りない愛は、ご自分の愛するおかぁさんを、私たちに与えて下さったのです。私たちも自分の家に引き取りたいものです。
 

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