| 7月・聖家族の月 |
 主任司祭 田中 次生 心理学者の小此木啓吾は「家庭のない家族の時代」で家族についてこんな分類をしています。- 要塞家族 ―― 外の悪口を言って内を固める。
- サナトリウム家族 ―― 傷をなめ合い癒し合う。
- 劇場家族 ―― 各々が役柄を演じ合う。
- ホテル家族 ―― 義務も責任もなく客人に徹する。
- 乗り合い家族 ―― 用件以外は話さぬ乗客同士。
そして現代は、家庭のない家族の時代だと主張します。家族は切断することのできない「人間のきずな」です。難しく言えば社会学的概念です。家庭は、家族によって作られる固有の文化的空間なのです。したがって現代は家族はあっても、家庭が崩壊した時代であり、それが色々な形で一人一人の人間の孤独感を強めているのです。小学唱歌の「埴生の宿も わが宿……たのもしや」のような、懐かしい心の響きを持つ、何となく皆が集まってくる「囲炉裏ばた」のある、お袋の味を持つ家庭がなくなりつつあるというのです。 4月からサレジオ幼稚園でお母さん方の聖書教室を担当しています。今年は「幸せ」をテ−マに選びました。そのため最初の時に簡単なアンケ−トを取りました。「どんな時、『幸せだなぁー』と思いますか?」の質問に、30名から回答がありました(複数回答可)が、そのベスト4のキーワードは「家族」でした。せっかくですから次に載せます。
- No.1 家族が健康で笑顔の時(13票)
- No.2 楽しく話し相談できる家族・友達といて、ぬくもりを感じる時(6票)
- No.3 家族揃って食事をしている時、「美味しい」と言ってくれる時(6票)
- No.4 家族といる時、楽しさを共有している時(5票)
5月の下旬にあるミッション女子校で父母対象の教育講演会の講師に呼ばれました。お父さん方もかなりの数で出席していましたのでこのデータを借用し「30名のうち誰一人『宝石をプレゼントされた時』とか『海外旅行に行った時』と書いていませんでしたので、心配しなくても大丈夫ですよ!!」と余計なことまでつい言ってしまいました。サレジオ幼稚園のお母さん方に接して、お母さん方を中心に、家族が一緒に食事をするといった毎日のありふれた日常生活を、"幸せ"で包んでしまう沢山の"温かな家庭"が私たちの周囲あることを嬉しく思いました。
聖書に「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」という教えがあります。これは隣人愛の標語として聖パウロが教えるものですが、「家庭の心」としても考えることができると思います。聖家族を例にして考えます。カナで片田舎の若夫婦の結婚式にイエス様はご招待されました。お祝いの席には「気難しい・偏屈者」は誰も招待されないでしょう。せっかくのお祝いの席、心から、楽しく祝杯を傾けながら、愉快に時を過ごせる知り合いを呼び集めるものです。イエス様は十分その基準に合格したのでした。そして主催者の判断が間違っていなかったということは、最初の奇跡の場になったことでも証明されました。イエス様は、若夫婦を取り巻く家族たちの喜びの中に入り、その喜びに「特上のワイン」という喜びを加えられたのでした。 ヨハネは「十字架のもとには、その母が立っていた」(19:25)と記録します。マリア様は目の前で最愛の御子の苦しみに6時間も付き合われたのです。しかも立ったままで。それまでのマリア様の生活信条ともいうべき「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣く」を実践されたのでした。その姿を目の前にして、イエス様は「全人類の母」としてマリア様をお立てになったのでした。
何年か前、読売新聞の「楽しい子育て・小学生の三行詩部門」でNHK会長賞を受賞した作品です。
「世界中に こんなにいっぱい人がいるのに
僕たち4人が家族だなんて――。
それって すごいよ!! 最高じゃん!!」 この小学生を取り巻く家族の皆が、「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣く」家庭の心を持っているからこんな詩が誕生するのでしょう。 |
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