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鷺沼教会月刊誌 Communio (コムニオ 一致)

2007年5月号
 5月・聖母マリアの月 
主任司祭 田中 次生
 
扶助者聖母 5月24日は「扶助者聖母マリアの祝日」です。歴史的には、1571年10月7日に、ギリシアのコリント湾にあるレパントで、スペインのフェリペ2世が率いるキリスト教国(208隻)とヨーロッパ侵入を計ろうとするオスマン・トルコの海軍(230隻)が戦い、劣勢をはねのけて、キリスト教国がオスマン・トルコの海軍を破ったという史実(レパントの大海戦)に由来します。
 時のロ−マ教皇ピウス5世は、イスラム教徒のオスマン・トルコからキリスト教国を守るために、全信者に呼びかけてロザリオの祈りを唱え、扶助者聖母マリアに祈りを捧げました。その効果があったのか、戦いの途中から風向きが急に変わってキリスト教国に有利になり、3時間の激戦の末オスマン・トルコの海軍に壊滅的な打撃を与え(記録では30隻を撃沈し、140隻を捕獲し、60隻は逃走した)、キリスト教国は救われ、トルコの地中海支配を打破し、自由を確保することができたのでした。
 ピウス5世は、聖母マリアへの感謝を込めて、マリア様を「扶助者」のタイトルのもとに大々的にお祝いすることを望み「扶助者聖母の祝日」を制定されたのでした。

 それからおよそ300年後、ドン・ボスコも「扶助者聖母マリア」に対する特別な尊敬の念を持っていました。それには2つの理由があります。
 1つには、今から150年前のドン・ボスコの時代は、イタリアの統一戦争たけなわの時代でした。多くの子供たちが肉親を亡くし、路頭にさ迷っていました。ドン・ボスコは「国の復興はまず教育」からと彼らを呼び集めて全寮制の学園を創設しました。そして子供たちにはどうしても「お母さん」が必要なので、「天国のお母さん=マリア様」ということで、マリア様に目を向けることを強く子供たちに教えたのでした。
 もう1つの理由は心理的なものです。
 すべての男性には女性への憧れがあります。どういう女性を理想のものとして心の中に保つかによって、男性の生活態度、生き方が変わってきます。ドン・ボスコは、子供たちの心に「聖母マリア」の姿を植えつけることによって、子供たちが清く正しく美しく成長してくれることを望み、強く願ったのでした。多感な青年期にある青少年にとって大切なことは「心に美しいイメージ」を持つことです。心に美しいイメージを持つとき、私たちの生活も少しずつそのイメージに沿うようになります。悪いことがすべて心から始まるように、すべての良いこと・美しいことも心から始まるからです。ドン・ボスコの望みに従って、私たちの心に「美しい女性・理想の女性としてのマリア様」のための場所を準備したいものです。

 ドン・ボスコは口癖のように子供たちに言っていました。「ドン・ボスコの学校に入ってくる子供たちの一人一人は、必ず一人一人マリア様のお導きによって学校に入ってきているのですよ!」と。
 ドン・ボスコの言葉によれば、サレジオ会の学校・教会・施設に入ってくる人たちは、皆さんがそれを意識するか否かを問わず、必ずマリア様から、呼ばれていると言うことです。
 だからドン・ボスコは、学校・教会・施設の中に、マリア様の御像や御絵を飾り、いつも人々がマリア様を意識するようにかんがえました。私も「サレジオ高専」を作るときにそれを真似しました。入り口のところには「マリア様の御像」を安置し、その写真を撮って額に入れ高専の教室・食堂・実験室・寮・ロビーなどの100箇所に飾りました。マリア様がドン・ボスコの学校を見守って下さったように、今もお母さんとして、高専の教職員・学生達を温かく見守って下さっていると確信しています。

 その話を「聖書講座」の時にしたのですが、地下ホールにマリア様の絵を掲示していなかったのを、参加者の一人が気付き、早速掲示の準備をして下さいました。現在地下ホールにあるマリア様の御絵は、横浜サレジオ学院のマリア様の御像の写真です。校長の田沢神父にお願いしたら自分で写真を撮り、プレゼントして下さいました。どうか写真を見るたびに、私達と鷺沼教会そして志願院の生徒たちと横浜サレジオの教職員・生徒たちのことを思い出し、マリア様のお恵みをお祈りして下さい。

 

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