| "年" |
主任司祭 田中 次生
今年の日曜学校のキャンプは、八ヶ岳にある川崎市の「少年自然の家」で行われました。2泊3日でしたが、昨年同様に、オリエンテーリング・そば打ち・カレーライス作り等忙しい毎日でした。その中で今年の目玉行事として「夏の星座観測」がありました。あとで係りの人から聞いたのですが、その自然の家の天体観察施設「アストロハウス」は、この手の教育施設としては日本最高の施設ということでした。私は暑い都会を離れて、空気のきれいな八ヶ岳の星空の観察を楽しみにしていました。いざその観察の時が来て、係りの人の説明の後いよいよ星座観測の時が来ました。私たちは、天井のドームを開けるので仰向けに寝るように言われました。見上げていると天井がボタン1つで開きました。残念なことに、そこには「星空」はありませんでした。理由は簡単です。曇りだったからです。「あ〜あっ!」と全員の口から失望のため息が聞こえました。私も失望しました。そして自分のことは棚にあげて、誰のせいで神様が「曇り」にしたのだろうと、その下手人探しで頭が一杯でした。でも幸いなことに、係りの人の話が面白く、子供たちとの受け答えも楽しく、星座を見られなかったことも忘れてしまいました。
次の日は最終日でした。午前10時が「お土産」を買う時間でした。子供たちとワイワイ言いながらお土産を買っていると昨日のドームの係りの人が、わざわざ来られて、「昨日は曇りで残念でした。でもせっかくですので、昼の星座をごらんになりませんか? 20分あれば見ることができますから……」と誘いに来てくれました。もちろん私たちは二つ返事でお願いしました。しかし、誰もが「太陽がカンカン照りなのに、なんで星座が見えるのだろう」と考えました。私も理解できずに、係りの人に質問しました。彼の答えです。「太陽の光が強くて、星が見えませんが、それを良いことにして星はサボっているのではありません。もちろん肉眼では見えませんが、20センチ口径のこの施設の天体望遠鏡はすべてコンピュータ管理ですから、緯度・経度等の数字を入力すると希望する星を捉えてくれるのです。ですから大丈夫ですよ」と。
買い物が終わり、私たちは胸躍らせながら、観測所に行きました。20センチ口径の4台の望遠鏡が私たちを出迎えてくれました。そして4つの星を見ることになりました。「太陽・金星・カペラ・シリウス」です。そして太陽については特別に係りの人が、子供たちに注意しました。「間違っても、望遠鏡等で太陽を見ないで下さい。分かりますネ! なぜ太陽を見たらいけないのか?」子供たちは、口々に答えました。「だって、目が焼けてしまうもの」とか「太陽の光で目がつぶれてしまうもの……」と。ニコニコと聞いていた係りの人は、こう言いました。「皆さんの答えは、間違ってはいませんが、完全な正解ではありません。正解は、太陽を望遠鏡で見てはいけないのは、"目玉焼きができるから" です」と。子供も大人も大爆笑でした。
さて、太陽は白い紙に反射させるのですが、太陽の炎のゆらゆらや、黒点もハッキリと映し出されました。金星は、真っ青な空の中で三日月型の白い星として、カペラとシリウスもちょうど明けの明星のように美しく輝いていました。途中で面白かったのは、子供が見終わり、大人の番になった時、"カぺラ" が見えなくなったのです。私たちの反応は「だれか男の子がイタズラしていじったのに違いない、本当にもう!!」で、直してもらうようにお願いすると、係りの人はこれまた、ニコニコしながら「子供さんがイタズラしたのではありませんよ!! ちょっと見て下さい。カペラのところは雲がかかっているだけですよ!!」と言われ、よく見ると雲がかかっていました。これまた、爆笑でした。そして、心の中で疑ってしまった子供たちに頭を下げました。
2日間にわたって、悠久な天体と星の話、宇宙空間の広がりとか光年とか大きな単位の話を聴いていて、"人間の小ささ" を考えさせられました。大宇宙は、私たちの目には見えなくても、神様の足跡を大切に保っているのだと実感しました。彼らは神様から創造されたものを大切にしているので「宇宙は、神を賛美している」と詩篇作者たちは口をそろえて歌っているのです。 それに比べて人生80年といっても "光年" という単位の前では、ほとんどゼロといってもよいでしょう。でも人間のそれは、時間の長短を超える "心" が入ることで、大きな違い・価値を生じさせることができるのです。人間を救うために、人間の心を大切に考えて「神の子、イエス様」が神から与えられたのです。確かに宇宙は神様から創造されましたが、でも「神の子・イエス様が与えられたのは、私たち人間にだけです。それに応える努力をしている人間の1日1日が、いろんな意味で "年輪" を作っているのではないでしょうか。 私たちが心を愛で満たし続けるのか、あるいは憎しみを持ち続けるのかによって、年月の経過は、私たちの顔にその足跡を残していきます。別言すれば、私の中に神様がいる時間が長ければ長いだけ、私の中に神様の足跡が刻まれることになり、宇宙とは違った私たちを作っていくのではないでしょうか。
宇宙の美しさ・広大さを見ながら、でも心を持った人間の美しさを神様はことのほか大切にして下さっていることを感じることができました。今年の八ヶ岳キャンプは、楽しい経験と同時に、「神様の愛」を考えさせてくれたキャンプでした。
|
|
|