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鷺沼教会月刊誌 Communio (コムニオ 一致)

2007年10月号
 団欒 
主任司祭 田中 次生
 
家庭 だんらんは「集まって車座に座り、なごやかに愉しむこと」と辞書にあります。だから「一家団欒」とよく使われるのでしょう。その「愉しむこと」のあり方にはいろいろな形があるように思います。

 生まれて間もない赤ちゃんが一人いるだけで、なんとなくその集団は和みます。赤ちゃんが泣いたら、皆でなんとか泣き止むように努力するでしょうし、赤ちゃんがただあくびしたり、くしゃみをするだけでも、とり巻く人たちの顔がほころびます。
 幼児の場合も似たり寄ったりでしょう。日に日に子供が成長し、子供とともに毎日が新しい発見を積み重ねる喜びがあります。言葉一つにしても、今日はどんな言葉を口にするのかと期待する喜びがあります。
 小学生が相手でも、結構楽しくお付合いできるような気がします。大人並に考えられることがだんだん拡がっているのに、まだ親にべったりの部分があり、おおよそ子供が何を考えているのか分かってしまう気安さがあります。
 中学・高校生になると思春期です。大人でもあるし、大人でもない複雑な人生の時期です。最近は中・高生による 父親の殺害のニュースに接すると怖くなることがあります。なにも中高生だけでなく、最近は「切れてしまう大人の増加」が言われるようになりました。JRや交通関係の職員に対する暴力や、医者や医療従事者に対する暴力などがマスコミで取り沙汰される昨今です。私は思春期のこの時期にどうしても身につけたいものは「ユーモアの感覚」だと思います。

 十数年前に吉村英夫氏が一行詩「父よ 母よ」「息子よ 娘よ」を世に出しました。帯に「面と向かっていえない一言――。」とあるのがまた面白いと思います。その中で "ペット" を取り巻く家族関係をユーモラスに描いており思わず笑ってしまいます。
☆ お母さん、めっちゃいや! ネコには君づけで、私は呼び捨て。ひどいわ。
☆ 父よ!  私にも歌わなかった子守唄を犬に歌わないで。
☆ お母さん! 私の名前と犬の名前、間違えて呼ばないで。
☆ あれが犬 私が子ども 分かってる? 私の名前 犬に呼んでいる。

 作者も「いっぱいいっぱいのあい」とエピローグで書いていますが、親子の人間関係を、真正面から捉えると時にはケンカになってしまうのを、多少距離をおいて、斜めから、相手の立場から見ることで "笑い" で包んでしまうのです。そうすることで、心の交流が生まれてきます。親子という縦の関係より、同じ "どじで・いいかげんで・失敗ばかりしている" 者同士という横の関係になり、お互いの失敗をカラカラ笑える関係になります。最初に指摘した「なごやかに愉しむ関係」ということが出来るでしょう。

 私は、宮崎に20年以上住んでいました。宮崎が生んだ詩人若山牧水が好きで、尾鈴山のふもとにある生家・文学記念館に何回か足を運びました。彼の生涯の中で忘れられないエピソードがあります。延岡中学2年生の時でした。文系の彼ですから当然(?)数学は苦手で、幾何の試験の時、クラス番号と名前を書いたら、することのない彼でした。仕方なしに白紙で出す答案にこう書きました。
 "世の中は、三角△四角□じゃ渡られぬ。
 とかく丸○くて、事は収まる。"
 数学の先生から文句を言われた担任が、職員室で少年牧水をこっぴどく叱っていた時でした。職員室を覗きに来た校長先生が、これを読んでひどく感心し「なかなか味のある文章じゃないか!!」と言って少年の頭をポンと叩いたのでした。お陰で牧水少年は無罪放免となり、学校全体としてもなんとなく文系牧水君を支援する雰囲気の中で、苦手の数学を乗り越えて卒業したということです。そこで四角ばしって落第させたりしたら、詩人若山牧水は誕生しなかったことでしょう、ここにも「ユーモアの心」を感じます。 和やかに愉しむ人間関係です……

 

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