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鷺沼教会月刊誌 Communio (コムニオ 一致)

2007年12月号
 神はこの独り子を与えるほど、この世を愛された
(ヨハネ3:16)
 
主任司祭 田中 次生
 
クリスマスの出来事 主任神父になって1年半、学校にいるときよりはるかに聖書を紐解くことが多くなりました。その中で特に私の心に消えない響きを残した言葉が2つあります。
☆ 「見よ、私はあなたを私の手の平に刻みつける」(イザヤ49:16)
マザーテレサの本から16,650円也を投資して(新共同訳コンコルダンス)調べたもの。
正直に言って、聖書にこんな言葉があるとは知りませんでした。
 
☆「(主よ)あなたは存在するものをすべて愛し、お造りになったものを何一つ嫌われない。憎んでおられるなら造られなかったはずだ。……命を愛される主よ、すべてはあなたのもの、あなたはすべてをいとおしまれる」
今年の「年間第31主日C年」の知恵書の言葉(11:24〜26)です。こちらの方は、今年のテーマ「命」についてサレジオ会チャーベス総長の解説書に発見し好きになりました。この1年間「共同祈願」として唱えたので、よけい好きになったのでしょう。
 すべての星にも「名前」(詩147:3)を付けられている神様は、造られたすべてのものを愛されます。そして命を愛される神は、特別に私たち人間に対しては「手の平に刻みつける」ほどいとおしく思って下さるのです。
 マラソンランナーや甲子園球児たちが、大切なことや人の名前を手の平に書いて試合に臨み自分自身を励ましているように、神様の手の平には私たち一人ひとりの名前が刻み込まれているのです。汗を流したり、お風呂に入っても消えてしまわないように刻まれているのです。神様の私たちに対する気持ちを本当に嬉しく思います。

 さて、神様の私たちに対する愛・気持ちを目に見える形にしたのが、イエス様のご生涯です。イエス様のご生涯を聖書の中から拾い上げていくと幾つかの特徴があります。
  1. 十羽一からげではなく「1対1」の関係を大切にされた。例えばマルコ福音書にあるイエス様と幼子たちとの出会い(10:13〜16)「人びとが幼な子を連れて来て、イエスに手を触れていただこうとした。ところが弟子たちはその人びとをたしなめた。……イエスは幼な子たちを抱き、彼らの上に両手を置いて祝福された
     限られた日時の中で、宣教されるイエス様の気持ちを汲んだつもりの弟子たちは、イエス様から叱られてしまいます。イエス様は時間を気にしないで一人ひとりの子供を抱いて、両手を置いて祝福されました。
     先日の「七五三の祝福」の時、私たち3人の神父で話し合って、一人ひとりの子供たちをそれぞれが祝福することにしました。時間的にもそれほど長くなるわけでもないし、私としても全員を祝福できた喜びがありました。そしてほんの少しイエス様の真似ができたことも嬉しいことでした。
     
  2. もう1つの特徴は、病人を癒されるイエス様は面倒くさがらずに、一人ひとりに「触れられる」ことです。ルカは書きます。『イエスがある町におられたとき、そこに、全身重い皮膚病にかかった人がいた。……イエスが手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、たちまち重い皮膚病は去った』と。イエス様はいつもそうされるので、「群集は皆、イエスに触れようとひしめき合った」(ルカ6:19)のです。イエス様は触れることで、その人の苦しみを共にしようとされたのです。触れることは"愛"と置き換えられることだからです。
     徹底的にイエス様の道を辿ろうとしたマザー・テレサは、新しい宣教地にシスターを送るにあたって、いつもこう言ってシスターたちの心配を取り除きました。「何も心配は要りません。言葉と習慣が分からなくても、私たちの愛の言葉、私たちの心と手を持って行けるのですから……」と。
 クリスマスです。私たちに分かる形で触れるために、そして触れられるために、イエス様は赤ちゃんとして生まれて下さったのです。
 

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