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鷺沼教会月刊誌 Communio (コムニオ 一致)

2018年3月号
でかける
主任司祭 松尾 貢
 

リジューの聖テレーズ 「出島」は鎖国時代を代表するものとして、日本人なら小学生でも知っている地名です。以前から、発掘調査が盛んに行われており、最近、出島橋が復元されたそうです。
 先日、聖書百週間OB・OGグループで広尾のシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)を訪問したとき、日本に最初に来たユダヤ人は19世紀初頭に出島にやってきたユダヤ系オランダ人だったという説明を受けました。出島でトーラーを読んでいたのでしょうか。
 出島は狭いものです。1636年の築造当初の外周塀は564メートルだったそうです。では、今月のお題風にクエスチョンです。出島にいたオランダ人は出島の外に出かけることができたのでしょうか?
 有名な蘭医シーボルトは特別に出島の外に出て、鳴滝塾を運営し、治療や日本人の医学者や遊学者に医学や蘭学を教えることができました。しかし、これは特例中の特例だったそうです。普通は、年に1度(1790年以降は4年に1度)江戸参府のとき長崎街道を江戸まで上って将軍にお目通りをしました。それは往復3ヶ月の旅でしたから、参府参加者は1年の4分の1は旅をしていたことになります。しかし、それ以外は“くんち”というお祭り見学に限られ、出かけることはできませんでした。

 出かけないといえば、観想修道会のシスターの生き方を挙げることができます。リジューの聖テレジアのことを思い出してみましょう。
 彼女は16歳でフランス北部リジューのカルメル会修道院に入り、24歳まで観想生活を送った聖女です。修院長の指導の下、宣教地で働く1人の司祭と1人の神学生への手紙のやり取り、祈り、犠牲を通して、宣教地のために尽くしました。8年間、カルメル会修道院から出ることがなかったにもかかわらず、1927年に、ザビエルと共に宣教地の保護者に選ばれたのです。

 故ヨハネ・パウロ2世教皇の含蓄ある言葉を黙想したいものです。

「すべての人が宣教に出かけるよう呼ばれているのではありません。重要なことは〈どこで〉ではなく、〈どのように〉です。家庭においても、職場でも病院のベッドの上でも、修道院の囲いの中でも、真の使徒となり多くの実を結ぶことができます。重要なのは、神の愛に心が燃えていることです」


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