カトリック鷺沼教会 タイトル
TOP PAGE教会案内教会行事お知らせメルマガ
特集今週の糧月刊誌 コムニオ初めての教会リンク集

鷺沼教会月刊誌 Communio (コムニオ 一致)

2018年9月号
敬老の日を迎え 〜その人の来し方をみわたす
主任司祭 松尾 貢
 

シニア 出版社ミルトスから『天と地の上で』という本が出ています。教皇フランシスコがブエノスアイレスの大司教・枢機卿だった時代に、ユダヤ教のラビ、アブラハム・スコルカ師との間で交わされた対談集です。当時の名はホルヘ・ベルゴリオ。その本の第12章「高齢者について」の一部をご紹介しましょう。

  • ラビ: 老いて知性を発揮する親を持つのは素晴らしいことです。成長した子との対話が成り立つのですから。私の父は年をとるにつれて冴えわたっていきましてね。尊厳に満ちた死の迎え方をも、私にとって計り知れない教訓となりました。誰もがそうなるわけではなく、心身が著しく衰退する場合もあります。いかに高齢者と向き合い、愛情をもって接するかは社会全体の大きな挑戦です。両親を敬うことが簡単にできるのなら、わざわざ神が戒律に挙げることもなかったでしょう。使い捨ての文化が根づいた現代社会には、高齢者に対する蔑みや排除の風潮まで現れました。
  • 大司教: こういった話になると思い出すのが、『申命記』26章です。
    《私は、主が私たちに与えると先祖たちに誓われた地に入りました》。
    この世に生まれたときには育ててくれる親がいて、祖父母が建てた家に住み、何代も前の先祖が植えた樹の実を食べ……と、我々は人生の当初から先人の恩恵にあずかっています。一人の高齢者を見ることは、その人の歩んだ道のりが私にもつながっているのだと認識することでもあります。神の壮大な計画の一部として、遠い祖先から子孫に至る流れのなかに、目の前の人も存在しているのです。歴史が自分たちから始まっていると錯覚したとき、高齢者への尊敬が失われるのです。
     しばしば気が滅入ると聖書を開きますが、立ち返る箇所のひとつがこの章です。私も連綿と続く流れの一部を担っている。先人たちを敬い、後に続く者たちも彼らを敬うようになるよう、遺産を引き継いでいかねばならない。遺産の継承は老年期における最も強力な行為のひとつではないでしょうか。意識的にせよ無意識にせよ、高齢者は人生の遺言を残す必要性を感じているものです。
 教皇に選ばれた後、世界の子供たちから寄せられた“高齢”に関する質問に対する教皇フランシスコの答えはシンプルで深いものです。
 オランダに住む9歳の双子ハンネスとリデヴァイからの質問。
 「教皇様、あなたはもうそんなに若くありませんし、これまでにたくさんのことを成し遂げてきました。世界をもっと美しく素晴らしくするために、残りの人生であと何をしたいですか?」
 フランシスコ教皇の答え
 「したいことはたくさんあります。いつも微笑んでいたいです。真っ先に神さまに、神さまが私たちのためにして下さる、すべてのよいことに感謝して微笑みたいです。神さまの我慢強さにも感謝したいです。神さまがどれほど我慢強いか考えたことがありますか? 神さまは、とても我慢強いのです。神さまは、私たちのことをいつまでも待っていて下さいます。
 あとは苦しんでいる人を助けてあげたいです。……それから、子供たちがイエスさまと知り合うのを助けたいです。世界から、奴隷がまったくいなくなるようにとも願っています。この世界には、まだたくさんの奴隷がいるのです。
 これらのことをすべてしたいと思いますが、私は年をとっていますし、残された人生は少ないのです(私の人生の糸巻きには、わずかな糸しか残っていません)。何ができるかは、神さまだけがご存じです」。

 9月16日の敬老の日を教皇様の言葉を黙想しながら、迎えたいものです。


△ このページのトップへ戻る


TOP | 教会案内 | 教会行事 | お知らせ | メルマガ | 特集 | 今週の糧 | Communio | 初めての教会 | LINKS
Copyright © カトリック鷺沼教会 All rights reserved.
カトリック鷺沼教会公式サイト http://home.a06.itscom.net/catholic/